金曜日 夜

 堺に帰ってきました。明日も明日なりにバタバタするので・・・ 鷹太はなんとかかんとか電車を乗り継いで奈良の法隆寺駅に到着できました。少し、最後に公衆電話の使い方がおかしく、人にきくこともできず、私と鷹太の会う時間が遅くなってしまうトラブルはありましたが。昨日そして今日といろいろな人が小1の鷹太が大阪から奈良に一人できたのはすごいこととの話。そしてそれを認めた親もすごいらしい。 まあ、本人がやりたがっていたから、できるかなと思えただけで無理はさせていません。。。ようがんばった。


 実家ではそれなりにそれなりにお手伝いをしてきました。子供たちだから気楽にできることも多々あり、檀家さんへのお菓子くばり等などは鷹太たちが楽しくしてくれたので助かりました。。。私は、専ら、今日実家に集まった6人の子供の様子を見ながら、私ができる事、今せんとあかんこと等考えて動きました。


 毎年おこなわれてきた法要で毎年自分が動いてきていろいろなことを感じてきました。大半が同じ動きなのでわかりやすいのですが、自分達の状況がどんどん変わっているのだなあと感じたり。鷹太や鷹生が今日すごしていてどんな思いを持ったのでしょうか。イズミヤのゲーセンに行きたいと朝からいっていた鷹生は今日一日を楽しいと感じられたのでしょうか。私のいとこが、子供さんと一緒にきて、その子供さんが(5歳)お坊さんとなって父親たちの手伝いをしている姿を、鷹太鷹生がみてどうおもっていたのかな。私は、小さいころの弟とかさなったり、いとこのお兄ちゃんが小さいころから実家にきてお手伝いをしてくれてはった姿と重なったり。


 夜、弟の家で私が甥っ子、姪っ子と過ごしている間、義妹が教えてくれました。鷹太が、こうゆうの成長を気にかけた話をしたとの事。そうか…とおもいました。鷹太たちには、いっさい、こうゆうの話をしていません。とりあえず、何も言わずにこうゆうという存在を受け入れていけばいいのじゃないかと思って。こうゆうはこうゆう、すずねちゃんはすずねちゃん。私自身はこうゆうを理解するために病名(?)から学ぶことも多いのですが…鷹太鷹生は、感性から受け入れていく(話をしてもむずかしいしな。。。)のが良いかな…と思っています。ただ、鷹太が疑問におもいだしているのも事実。どのように鷹太達に話していくかまたかんがえてみよう。。。